ケイデンス(計電数)
父は(僕とは違って)スポーツマンであり、自転車を趣味のひとつとしていた。確か僕が中学生だった頃、ロードバイクに1度乗らせてもらった時の話である。
アドバイスだったか一般論だったか、「ケイデンスを一定にするのが大事」というようなことを言われた。ケイデンス。耳慣れない言葉であるが、曰く「単位時間あたりのペダルの回転数」のことらしい。
日本語みたいな響きだと指摘すると、「そら日本語が元やからな」と父。「計る電気の数と書いて計電数や」とのことで、まったく腑に落ちる説明であった。
回転数を取得したければ1回転ごとに端子が1回接触して通電するような仕掛けを作っておいて電気の流れる回数をカウントしましょうというのが素朴な発想であって、これは誰がどう考えても「計電数」と呼ぶべき代物であり、僕はそのような理解のもとでこの新たな語彙を獲得したのだった。
が、しかし、この「計電数」語源説、実はまったくの大嘘である。この衝撃の事実は24の夏にようやく知れた。10年越しの真実というやつになる。
発覚の経緯は別に面白いお話でもなんでもない。
何か話のネタはないかと「実は日本語由来の言葉」というのを色々書き出していたとき、「けいでんすう」で変換できないところでまず引っかかった。Googleさんに「ケイデンス 語源」と問い合せて事実に気づいたというわけ。
いちおう真相を書き記しておくが、何らの面白いところもなく、単にcadenceという英単語があるというだけのお話であり、更にいえばこの語の語源はラテン語であり、計・電・数なんて漢字の入り込む余地は全然ない。
なんだそれは。
そうなってくると父がどうやってこんな話を即座に語り得たのかという疑問が立ち上がる。
ひょっとして広く知られた俗説か冗談の類ではないかと思い「ケイデンス "計電数"」をGoogle検索にかけるが、ヒットは世界に3件しかなかった。
もうほとんどホラーだと思う。
父が独自に勘違いしていたのか。あるいは即座にでっち上げたのか。後者だとすればこれはかなりのところ恐ろしい才能ではある。受け継いでいたいような、いたくないような……。
以上、父の面白エピソードのひとつ。
(追記)
ちなみにケイデンス日本語語源説についての他の言及を探してみたところ、一体どこから生えてきたのかわからないツイートを1件だけ見つけることができた。
・ケイデンス
— ざるそば (@4keta) 2013年10月19日
外来語と勘違いしている人が多いが、語源は日本語。
東北なまりで回転数を「けぃでんすぅ」と言うが、仙台に指導に来ていたオランダ人選手が
その発音で覚え、その後各地で指導したことから定着してしまった。
またまた〜、本当?(^_^;)
これはこれで面白い説だと思う。ところでこのツイートは明らかに伝聞らしい書きぶりで、情報元の存在を匂わせるものであるのだが、それを見つけることは遂にできなかった。
(さらに追記)
この話を父に振ってみたところ「俺そんな話知らんで」と言われた。ていうか「ケイデンスって何」って言われた。
もうおしまいだと思う。
僕が何かしら記憶を捏造してしまったのだとして、一体どこからどこまでが僕によるものなのか。なんだってんだよおい……。
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